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福岡高等裁判所 昭和42年(う)874号 判決 1968年5月31日

被告人 木原広丸

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年及び罰金五〇、〇〇〇円に処する。

ただし、本裁判確定の日から二年間、右懲役刑の執行を猶予する。

右罰金を完納することができないときは金一、〇〇〇円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

原審における訴訟費用は、全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人井上允提出の控訴趣意書第二点第三点弁護人衛藤善人提出の控訴趣意書に各記載のとおりであつて、これに対する当裁判所の判断はつぎに示すとおりである。

一  弁護人井上允の控訴趣意第二点及び弁護人衛藤善人の控訴趣意第一点について

論旨は、財団法人化学及血清療法研究所において、狂犬病ワクチン製造のため狂犬病ヴイルスを脳内に注射した本件子山羊を、狂犬病にかかつた子山羊であると認定した原判決は、事実を誤認しひいて法令の解釈適用を誤つたもので、判決に影響すること明らかである、というのである。

よつて検討するに、本件において被告人が採肉した子山羊は、財団法人化学及血清療法研究所において同研究所が狂犬病ワクチン製造のため脳内に狂犬病ヴイルスを注射した頭部を切断した子山羊である。そして右に注射されたヴイルスは所論も指摘し、原判決も認めているように所謂街上毒によつて自然に発生した野生の狂犬病ヴイルス(街上毒狂犬病ヴイルス)と異り実験室内で育成されたヴイルス(固定毒狂犬病ヴイルス)であつて、自力では脳中枢まで到達する能力がなく、これを直接に人間の脳に注射しない限り発病の危険はないことを認めることができる。しかし、右固定毒狂犬病ヴイルスを脳内に注射された子山羊も伝染性という点で大きな差異はあるにしても、街上毒狂犬病ヴイルスにおかされた子山羊と概ね同様の症状を呈することは原審における鑑定人大谷杉士に対する受託裁判官の尋問調書によつて明らかであつて、医学上の厳密な定義はともかくとしても、取締法規たる食品衛生法の趣旨目的に鑑み、なお右のように固定毒狂犬病ヴイルスを脳内に注射された子山羊も食品衛生法第五条第一項同法施行規則第二条第一項別表第一の二号に規定された狂犬病の症状にかかつている獣体に包含されるものと解すべきでる。右子山羊から採肉して食用に供しても狂犬病にかかるおそれがないとしても、同法所定の疾病にかつた病肉であることに変りはないのみならず、一般に食肉はと畜場法に定められた検査を経由することにより食品衛生法の掲げる清潔衛生の原則が保持されているのと対比して、本件獣肉を販売禁止の対象から除外すべき合理的事由は発見されない原判決が弁護人の主張に対する判断と題して、本件子山羊も食品衛生法第五条による規制の対象から除外すべきでないとして、その理由を詳細に説示しているが、その立論説示は相当であるといわねばならず、所論のような不合理な点があるということはできない。

原判決には事実誤認や法令適用の誤りはなく、論旨は理由がない。

一  弁護人井上允の控訴趣意第三点及び弁護人衛藤善人の控訴趣意第二点について

論旨は、いずれも原判決の量刑不当を主張し、執行猶予の裁判を求める、というものである。

よつて検討するに、被告人の本件犯行は私利を図つたもので社会に与えた影響も極めて大きいものがあるが、本件子山羊に注射された狂犬病ヴイルスは固定毒ヴイルスであつて、伝染性がなく右子山羊の肉を食べただけでは狂犬病発病のおそれがなかつたこと、被告人には何等の前科なく改悛の情も顕著であること等一切の情状よりみて、被告人に対してはこの際懲役刑の執行を猶予するのが相当であると認められ、原判決の量刑は重きにすぎるものがあるので、原判決は破棄を免れ難い。論旨は理由がある。

よつて、刑事訴訟法第三九七条第一項第三八一条により原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書に従つて、更に次のとおり判決する。

原判決の認定した事実に法律を適用すると、被告人の原判示所為は包括して食品衛生法第三〇条第一項第五条第一項本文同法施行規則第二条第一項別表第一の二号に該当するところ、情状により同法第三〇条第二項を適用した懲役刑及び罰金刑を併科することとし、その所定刑期及び金額の範囲内で被告人を懲役一年及び罰金五〇、〇〇〇円に処し、刑法第二五条第一項により本裁判確定の日から二年間右懲役刑の執行を猶予することとし、右罰金不完納の場合の換刑処分につき刑法第一八条を適用し、原審における訴訟費用につき刑事訴訟法第一八一条第一項本文に従つて全部被告人に負担させることとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 厚地政信 淵上寿 伊東正七郎)

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